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【特集】今、法が熱い! 法の基での気候変動対策 世界の動き

国際司法の動き
国際司法裁判所による気候変動に関する勧告的意見

2025年7月23日、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所(以下ICJ)は、国際法上、全ての国家には気候変動対策をとる義務があり、その義務を怠った国には法的責任が生じるとする、極めて重要な勧告的意見を公表しました。

この勧告的意見には法的拘束力はありませんが、権威あるICJが法的見解を示したことで、今後、国際交渉や気候変動訴訟に影響を及ぼす画期的な動きです。

 

経緯-きっかけは若者から

2019年、太平洋の島嶼国であるバヌアツの南太平洋大学の27人の大学生が太平洋諸島フォーラムのリーダーたちに気候変動問題をICJへ持ち込むように働きかけた活動から始まりました。2020年には、この活動がアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、ヨーロッパの学生を巻き込んだ国際キャンペーンへと発展し、世界に広がりを見せました。

2021年9月にはバヌアツが、ICJに対し、気候変動に関する勧告的意見の発出を求めることを発表しました。そして、2023年3月29日、国連総会において「気候変動に係る諸国の義務に関する国際司法裁判所への勧告的意見の要請」が可決されました。

その後、国連事務総長の書簡によりICJに伝達され、各国及び国際機関から陳述書と書面コメントが提出され、口頭審理が開かれ、多くの国や国際機関の参加を得たうえで、この2025年7月に裁判官全員一致のもとで発出されることになったのです。

 

勧告的意見のポイント

今回の勧告的意見において、国際法上、すべての国は気候変動対策を取る義務があり、義務を怠った国は法的責任があるという見解が示されました。これは、気候変動枠組み条約及びパリ協定で合意した任意の義務だけではなく、条約の締約国であるか否かにかかわらず、国際海洋法条約、国際環境条約、国際人権規約、そして国際慣習法等により、すべての国家は気候システムを保護するための適切な措置を講じないことは、義務違反に該当する行為になる可能性があるとされました。具体的には、化石燃料の生産、消費、探査許可、補助金の付与等が明示的に言及され、化石燃料使用などが適切な措置を講じないことの例として例示されたことはとても大きなことです。これらは民間企業等の行為であったとしても国家に責任が生じ得ることとされました。また、産業革命からの気温上昇を1.5℃未満に抑えることが各国が達成すべき目標であると明記されています。

さらに、原因となる行為と損害との間に十分に直接的かつ確実な因果関係が証明されれば、原因の国(大量排出国)は、損害を受けている国々に完全な賠償を行う義務を負うとされました。

 

勧告的意見の影響

ICJの勧告的意見には法的拘束力はありません。しかし、気候変動枠組み条約のCOP等の今後の国際交渉の場においても、この勧告的意見をよりどころにし、排出削減目標の引き上げや途上国への各種資金支援など、活発な交渉がされることとなるでしょう。

また、世界各地で起きている気候訴訟にも大きな影響力を及ぼすと考えられます。民間企業等の行為であっても、これを適切に規制しない国家の責任が生じ得ることや、1.5℃目標がすべての国が達成すべき目標であることなど、各地で訴えられている内容にリンクすることが多いからです。国際司法裁判所といった権威のある機関の法的見解は、各国の裁判所の判断基準を明確にすることにつながっていくことでしょう。

 

世界の気候訴訟
世界中で急増する気候変動訴訟

気候訴訟とは、UNEP(国連環境計画)によれば、「気候変動に対する緩和、適応及び気候科学に関する法又は事実を主要な争点とする訴訟」と定義されています。2025年7月時点で、世界中で3000件を超える気候訴訟が提起されています。特筆すべき気候訴訟の事例を気候ネットワークがまとめてくれているので、ぜひ『【ブックレット】世界の気候訴訟:危険な気候変動から護られる権利の確立へ』をご覧ください。
詳細はブックレットhttps://kikonet.org/content/38179にお任せして、以下3つの事例を簡単にご紹介します。

 

オランダ:世界の気候訴訟を先導した訴訟

2013年、オランダのNGOアージェンダ(Urgenda)と886人の市民がオランダ政府に対して、オランダの温室効果ガス(GHG)の削減目標を引き上げることを求めた気候訴訟を提起しました。2019年12月、オランダ最高裁判所は温室効果ガスの排出削減目標を引き上げるよう国に命じる判決を出しました。この判決は、国の温室効果ガス削減目標が不十分で違法であると認めただけでなく、削減目標値を具体的に示した点が画期的で、その後の世界の気候訴訟に大きな影響を与えることになりました。

 

スイス:70代女性の活躍で勝ち取った人権と気候義務

2024年4月には、欧州人権裁判所(ECHR)が、スイスの環境団体の訴えを認めて、「政府が地球温暖化の影響軽減のための努力を怠ることは人権侵害にあたる」とする画期的な判決を下しています。この判決では、「欧州人権条約の第8条は、市民と家族の生活を守る義務を明記しており、この条文に照らすと、政府は地球温暖化が生命の安全、健康、生活の質に及ぼす悪影響を軽減することを義務付けられている」としました。

そして、気候変動の悪影響が少ない気候を享受する権利は人権の一部と認め、スイス政府が気候変動対策を怠っていることによって市民の健康を守るために必要な努力を怠っていると指摘し、人権侵害であるとの判断が示されました。訴えた人の多くは70代の高齢女性たちです。年齢と性別により、気候変動による熱波の影響を受けやすいと訴えました。パワフルな女性たちの活躍で、気候変動対策と人権がこの判決によって明確につながりました。

 

日本:”明日を生きるための”若者気候訴訟

2024年8月6日、日本でも中学生を含む北海道から九州までの16 人の若者たちが名古屋地方裁判所に、日本のエネルギー起源 CO2 の 3 割以上を排出している主要電力事業者に対し、科学が示す1.5℃目標と整合する水準での排出削減の実行を求める訴訟を提起しました。現在、第3回口頭弁論期日を5月に終え、第4回口頭弁論期日が9月17日名古屋地方裁判所において開かれます。

世界各地の訴訟により、気候変動に関する法の進展は、人権、世代間正義、国家・企業の責任を法的に明確化する方向へ強まっています。各国の独自ケースと国際的な法原則が交錯し、持続的な法制度形成が進行中です。

 

持続可能で公平な社会の実現を目指す未来世代法
ウェールズ未来世代法は、気候正義と政策形成を結ぶ橋渡し

2015年に英国・ウェールズで制定された「Well-being of Future Generations (Wales) Act(未来世代のためのウェルビーイング法 通称:未来世代法)」は、気候変動法制の国際的流れ、特に将来世代の権利と世代間正義という観点から、非常に重要な先例として注目されています。

この法律は、政府の意思決定において、経済・社会・環境・文化の4つの側面から「未来世代の幸福を考慮する」ことを義務付けた画期的な法律です。

この法律によって、ウェールズでは国、地方政府、地方保健委員会、その他の特定公共団体に対して、長期的視点・予防的アプローチ・市民参加・統合性・横断的協働を重視した、未来世代に責任を持てる意思決定をすることが義務付けられているのです。未来に向けて持続可能で公平な社会の実現を目指すための具体的なビジョンとして7つの幸福目標(well-being goals)が設定されています。それぞれの幸福目標は独立しているわけではなく、相互に関連しながら、政府が意思決定する際にこれらの目標すべてに貢献することが求められます。

また、オーディターと呼ばれる監査役や、未来世代コミッショナーという役職などによって、その意思決定が未来世代の幸福にもつながる選択かどうかが二重三重にもチェックされてレポートが公表されています。幸福目標を単なる目標として終わらせることがないように、法律が目標を達成するための仕組みとして機能しています。

ウェールズのこの制度は、「未来志向の政策形成」の具体的なガイドであり、気候変動対策も含めた持続可能な未来づくりへ向けた仕組みを整える法の理想形として世界中から注目を集めています。

 

法は万能ではないが導く

国際司法裁判所の勧告的意見の読み上げの最後に、法が万能ではないことが示しされつつも、だからこそ「進行中の気候危機に取組むための社会的・政治的行動に対し、法が情報を提供し、導く一助になることを希望する。」といったメッセージがありました。

27人の大学生から始まった勧告的意見。ほとんどが70代の女性によるスイスの気候人権判決。世界中での3000を超える気候訴訟。世界中で人が動き、法が動き出しています。それぞれの積み重ねがあって、今急激に動き出してきているように感じます。このうねりは、未来世代だけでなく世界中の現世代、そしてすべての生き物を含めた命あるすべての気候正義へ、法によって社会が変わるチャンスが今すぐそこに来ているのかもしれません。ぜひ、いろいろな情報に接してみてください。

 

2025年8月25日

 

 

<参考>

国際司法裁判所 「気候変動に関する各国の義務」のページ

https://www.icj-cij.org/case/187

 

国際司法裁判所 プレスリリース

https://www.icj-cij.org/sites/default/files/case-related/187/187-20250723-pre-01-00-en.pdf

 

国際司法裁判所 要約

https://www.icj-cij.org/sites/default/files/case-related/187/187-20250723-sum-01-00-en.pdf

 

国際司法裁判所 勧告的意見

https://www.icj-cij.org/sites/default/files/case-related/187/187-20250723-adv-01-00-en.pdf

 

認定特定非営利活動法人 気候ネットワーク
訳【プレスリリース】国際司法裁判所「気候変動に関する国家の義務についての勧告的意見」暫定和訳の公開について(2025年8月20日)

https://kikonet.org/content/38281

 

 

国立環境研究所
法の支配に基づく新たな気候変動対策時代の幕開け
—国際司法裁判所の勧告的意見を読み解く
執筆:久保田 泉(社会システム領域 主幹研究員)

https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/ICJ_AO_climate.html

 

特定非営利活動法人 未来世代のための市民委員会
国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見のポイント:日本への影響を中心に ver.2
2025年8月22 日 明日香壽川

https://futuregenerations.jp/wp-content/uploads/2025/08/icj_juseb-asuka-20250822.pdf

 

ノートン・ローズ・フルブライト法律事務所
気候変動訴訟の最新情報

https://www.nortonrosefulbright.com/en/knowledge/publications/674162d1/climate-change-litigation-update-july-2025

 

セービン気候変動法センター

気候変動訴訟データベース

https://climatecasechart.com/

 

 

 

認定特定非営利活動法人 気候ネットワーク
【ブックレット】世界の気候訴訟:危険な気候変動から護られる権利の確立へ

https://kikonet.org/content/38179

 

明日を生きるための若者気候訴訟

https://youth4cj.jp/

 

未来は変えられる〜若者気候訴訟【パタゴニア】

https://www.patagonia.jp/stories/youth-climate-lawsuit/story-159696.html

 

 

特定非営利活動法人 未来世代のための市民委員会

https://futuregenerations.jp/

 

Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015

https://www.legislation.gov.uk/anaw/2015/2/enacted