事業内容

【特集】脱炭素地域づくりを担う・支える存在

オーストリアにおける専門人材・中間支援組織から考える

 

 

 

 

 

平岡俊一准教授
(滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科)

 

私たちの研究チームでは、2014年から毎年、オーストリアに調査研究に行っています。ここ3年ほど、コロナで行けなかったのですが、今年3月に久しぶりに行くことができました。
本日は特に、「人材」や「中間支援組織」について、オーストリアの動向を話題提供したいと思います。

※以下、画像は当日の講演資料より

 

●● 自治体の脱炭素宣言、その後の取組を実行するための「社会的基盤」

日本でも、多くの自治体が脱炭素宣言を行っています。
一方で、いざ実行に向けて動き出す際に「課題が山積している」という話をよく聞きます。
自治体向けアンケートを見ても、「人材がいない」「知見/ノウハウが足りない」「何をやったらいいか分からない」等の回答が目立ちます。
これらの課題は、実はこの20年ぐらいずっと言われていて、あまり変わっていません。
また、脱炭素・環境分野に限らず、様々な地域政策の分野で言われていることとも重なります。

私たちの研究グループでは、これを「社会的基盤の脆弱性」と言っています。
日本の行政では、担当部署を数年で交代する人事異動があります。これは良い面もありますが、専門性の蓄積や地域ネットワーク形成という面では不利です。日本の地域では、専門的な人材の育成/知見やノウハウを地域独自でためるということが弱くなります。
そのため、例えば、自治体の政策の計画づくり等をコンサル会社に委託するという方法が採用されますが、これだと事業期間が終わると、金の切れ目が縁の切れ目となり、コンサルタントがいなくなってしまうと地域にノウハウは残らない。そういうことが繰り返されてきたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●● オーストリアを参考にする理由

一方、欧州では、積極的に、地域レベルでのこれら社会基盤が強化(キャパシティ・ビルディング)されてきています。

オーストリアは、美しくて、とても地域が元気な国です。国土の6割がアルプスで、このあたり少し日本に似ています。
人口は約900万人(日本の1/10ぐらい)に基礎自治体は約2,000。自治体の数は日本よりも多く、1自治体あたりの人口は小さいところが多いです。
地域に対する愛着が強くて、地域づくり・地域政策も活発です。市町村合併を進めようとした時期もあるようですが、うまくいかず「自治体の離婚」つまり合併の解消をされるところもあるとか。それぐらい地域自治が盛んで、そのあたりも面白いと感じています。

もう一つ、この分野で注目したいのは、水資源・森林資源が豊富で、それを活かして、すでに電力の8割が再エネで賄われています。エネルギーベースでも約3割が再エネという、欧州の中でも屈指の再エネ大国です。
人口が数千~数百人規模の自治体がたくさんあり、それぞれの自治体が「カーボンニュートラル」「エネルギー自立・再エネ100%」といった野心的な目標を掲げて活発に取組を展開しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自治体が、なぜ気候変動・エネルギー政策を展開するのか。もちろん気候変動問題へ貢献するためでもあるが、それと合わせて「地域活性化のため、そして地域住民の生活の質を向上する、そのために気候エネルギーの取組をやっているんだ」そういう風に、みなさん口をそろえておっしゃいます。

ここからは、いくつかの事例を簡単に紹介します。

 

 

●● チロル州 ヴェルグル市の事例

人口が1万人の街です。自治体が100%出資した公社が電力事業を展開しています。いわゆるシュタットベルケです。
地域熱供給網の整備をしています。また、太陽光発電もどんどん設置をしているが、それは住民出資型で、得られた利益は地域の住民に還元されています。
ここの供給電力はすでに再エネ100%を達成しています。
欧州では、再エネ100%を達成している自治体公社は珍しくなくなってきています。

 

 

●● フォアアールベルク州 フェルトキルヒ市の事例

人口は3万人ぐらい。市街地を中心としたコンパクトシティづくりが面白い街です。
ここも自治体公社を持っていて、市内に3か所の水力発電があり、そのうち2基は住民出資型で作ったものです。
電力事業で出る利益は、公社が行っているバス事業に充てて、便利なバス路線の拡充・維持をしています。つまり、公共交通サービスに活かしている。まさしく生活の質を向上させる取り組みです。

 

 

●● ランゲンエッグ村や、その近隣の村々の事例

このあたりでは、地域資源である木材を活かした環境配慮型の建築業を展開し、それが産業活性化になっています。木造で、エネルギー性能が高い建物で、デザインもすてきです。
産業の主な担い手は村々にある中小企業です。ただし1社で担えることには限界があるので、自治体(行政)も一緒になりながら、複数の企業での連合体「産業クラスター」を作っています。その連合体で、みんなで勉強して技術開発してビジネス展開をしています。行政の建物(公共事業)で実験的に施工してみて、成功したら、民間にも波及させています。
消防署を木造で作ったり、若者向けのマンションなども木造で作っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国外のドイツやスイスにも木造建築のビジネス展開をしている、木造建築産業の中心地です。
そうすると、働きたい若者がこの田舎の村に引っ越ししてくる。雇用作りを通じて、人口=若者を増やす取り組みにもつながっています。

 

 

●● 自治体を支えているもの

脱炭素地域づくりをしている自治体を調査してきて、特徴的だなと思う点がいくつかあります。

「行政以外に多様な担い手(実働組織)が存在している」

日本の大きな課題は、実行する際の担い手が地域にいないこと。がんばって行政が良い計画を作っても、地域の担い手がいなければ、絵にかいた餅になってしまいます。もしくは、地域外の企業にやってもらうことがありますが、利益もそちらに持って行かれてしまい、地元に還元されません。
自治体の役割は、コーディネーター役です。政策を作り、そこに色々な人たちを巻き込んで議論してもらう。そして政策がちゃんと進んでいるか進行管理をしたり調整をする。
自治体の作った政策を実行するのが、先ほど紹介した自治体公社や、エネルギー協同組合、さらにはNPOなどです。地域でエネルギー事業を実際に展開する「実働役」が、オーストリアにはたくさん存在しています。

 

「エネルギー・エージェンシー(中間支援組織)」

そして、後から詳しく話が出てきますが、自治体や実行部隊をサポートするエネルギー・エージェンシー=中間支援組織が身近に存在しています。

 

「州政府や国やEUなどの財政支援制度も充実している」

小さな自治体は特に職員数も少なく、十数人のところもあり、気候エネルギー政策を担当する専門職員を置いているわけではありません。建設や農業担当の方が兼務でされていることが多く、行政が充実しているわけではありません。そこは日本と同様か、弱い状況です。
そんな自治体を、国や州が財政的にも支える制度が充実しています。
その中でも面白いのが、1つ1つの基礎自治体が小さい場合はできることが限定されるので、政策によっては複数の自治体が連合して実施するほうが良い場合がある。それを支援する制度(KEM)もあります。こちらは、まず人をつける(気候マネージャーを雇用する)と、事業のお金もつけるという仕組みになっています。「まずは人」というところが非常に興味深いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕組み」「組織」「人」、こういったものを総称して「ガバナンス」と言いますが、
オーストリアではこれらの「気候エネルギー」の「ガバナンス」を継続的に強化してきました。

 

 

●● エネルギー・エージェンシー(具体的な担い手)の紹介

ここからは、具体的にどういう人たちが脱炭素地域づくりを担っているのかをお話したいと思います。

衝撃的なことが起こっています。オーストリアでは、地域自治体レベルで脱炭素地域づくりの仕事がめちゃくちゃ増えていて人材不足となり、いろんな組織による獲得競争が起こっています。
優秀な人材を確保するために、魅力的な事業や取組が計画されたり、雇用環境を良くしないと人は来ないので、その整備なども進んでいます。

具体的な仕事としては、行政職、自治体公社(シュタットベルケ)、エネルギー・エージェンシー、気候マネージャー等です。
特長としては「専門職」として、例えば、「○○市の気候エネルギー担当者を募集します」「福祉政策で募集します」等、担当の仕事が明確に決められた形で人材募集がされます。人事異動は基本的にありません。

また、専門性のある仕事をずっとやっていきたいという人は、必ずしも一つの職場にずっと在席しているわけではなく、家庭の都合や自分のやりたい事に合わせてどんどん転職していく人もいます。例えばエネルギー・エージェンシーをしていて、次に自治体にヘッドハンティングされる人は多いそうです。
オーストリアやドイツでは、専門性(ノウハウ・スキル)を持っていたら、地域でも飯を食っていける=仕事をやっていける状況です。

転職して活躍されている方、自分の専門性で生きてきた方が非常に多いです。
また、女性で活躍されている方が多いのも特長です。フォアアールベルグ州のエネルギー・エージェンシーの教育部門の事業を担っている6名の方は、全員女性で、子育てをしながらパートタイムで働いています。とある自治体の女性の課長さんは、現在7割のパートタイム勤務をしていて、多いから今度減らそうかなとおっしゃっていました。
子育てをしながらパートタイムでも、現場の最前線で働くことができる職場環境・労働環境の仕組みが整えられているため、20~30代の若い方が多く活躍されています。

また、働いている方に「特別感」がありません。一部、日本で見られるような「忙しすぎる」「身を粉にして働いている」という感じがしません。また、お給料についても正当な対価をもらっておられるのではと思います。
環境の仕事、気候対策が、普通の仕事としてされています。

 

 

●● 脱炭素分野での人材育成・教育

向こうの方に、どんな職能(能力、ノウハウ)が大事なのかを聞きました。

「気候・エネルギーの問題は、テーマがとても広い。ただ、全部の分野を専門的に把握する必要はない。いろんな分野を広く浅く把握しておき、それぞれの専門家に話を繋げることが大事」とのこと。
そのため、専門家がどこにいるかを把握しておき、コミュニケーションをとっておく。何かあったときに、支援を得られる関係性を作っておくことが重要だそうです。

また、利害関係者の間でコミュニケーションをとる。人々を繋ぎ、議論活性化・合意形成をする。議論のお手伝いができることも大切だそうです。

つまり、「コーディネート」「ネットワーク形成」が気候エネルギー分野では重要なので、そこを強化する取り組みをされています。

 

 

●● 職能の獲得・強化策

これらの「コーディネート」「ネットワーク形成」の職能を強化するには、まずは現場での経験の積み重ねが必要だそうです。特効薬になるようなノウハウはありません。
日本の行政の場合は2~4年で異動があるため、こういった経験の積み重ねができません。考えなければいけない点ですね。

それから、仕事に関連する「職場での継続教育」が活発に行われています。こちらが私たちにとって重要です、とおっしゃっていました。
向こうでは、自治体、エネルギー・エージェンシー等で勤務する職員の権利として、一定時間、業務時間中に教育プログラムを受けることが認められています。何を受けるのかは自分で決められます。また、費用は雇用主が負担します。
自治体職員向けの気候エネルギー分野の専門プログラムは今非常に増えているそうです。話し方、プレゼンの仕方、ワークショップのファシリテートなどの研修を受けることができます。教育プログラムは多様化しています(これらの教育プログラムの企画・運営を、エネルギー・エージェンシーが担っています)。

 

 

●● 子ども・若者向けの教育

また、子どもや若者向けの教育も活発です。フォアアールベルグのエネルギー・エージェンシーでは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学生まで、世代別に複数の教育プログラムが各3つずつぐらい用意されていました。
中学、高校、大学等の上の世代を対象とするものは、座学だけでなく、実践活動も込みでするものが多いです
エージェンシーの方が教えにいくこともありますが、大事なのは、教員向けのプログラムで、そちらもしっかりされています。

地域づくり分野での人材育成として、「青年議会」という取り組みが活発です。議論をするだけでなく、実践も一緒にしていて、独自予算もあります。

 

 

●● エネルギー研究所フォアアールベルグ

エネルギー・エージェンシーは、オーストリアだけでなく、EU全体として整備されています。
フォアアールベルグ州のエネルギー・エージェンシー「エネルギー研究所フォアアールベルグ」を見てみましょう。

フォアアールベルグ州は、人口約37万人の街です。ここに1985年に設立されました。オーストリアの中でも古い時期になります。州が主体となり、様々な団体が参画している。
専従職員は50名で、年間予算は400万ユーロ(約6憶円)で活動を展開しています。お金のかけ方が日本とは違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

具体的には、いま、次のようなことを特に力を入れてやっています。

「住民や中小企業向けのエネルギーアドバイス」
ロシア-ウクライナ情勢とエネルギー高騰の影響で、相談が増えているそうです。

「情報提供、助言、対策ツールの提供」
様々な地域の取り組みに対する相談・助言をきめ細かくされています。

「産業クラスターの形成、地元企業に対する支援」
また、産業クラスターのコーディネートを、エネルギー・エージェンシーが担っています。地域の産業活性化でも、エネルギー・エージェンシーが大きな役割を果たしていると思われます。

「自治体に対する伴走支援」
日本でも参考にしたい点。自治体の政策を展開するために、様々な取組の伴走支援がされています。
(フォアアールベルク州をはじめとして多くのエージェンシーで実施されています。専門のエージェンシーの職員が、担当自治体に継続的に貼り付いて、一部の仕事を担うぐらいに本当にきめ細かくサポートをしています)

「人材育成・教育」
先ほど紹介したパートタイム6人の女性職員が担当しています。子ども向け、一般向けワークショップから、専門的なエネルギーアドバイザー向けの教育、自治体職員向け、企業向けまで、本当に多様な取組がなされています。

 

 

●● オーストリアの中間支援組織の特徴

◎地域・自治体の政策プロセスへの継続的な伴走支援をしています。単発ではなく、ずっと関わり続ける。
いろいろな方に、小さな自治体・少ない行政職員で、なんでここまで気候エネルギー対策をすることができているのかを聞くと、「身近なところにエージェンシー(専門組織)がいて、きめ細かい支援をしてくれる。だからできる、助かっている」と言われます。

先ほどのフォアアールベルグ州では人口約37万人で規模が小さいので、エネルギー・エージェンシーのオフィスとしては1つでやっていますが、人口100万人を超えるような規模の大きな州は、いくつかの地域にエージェンシーの事務局を置いて活動されています。京都府も大きいので、京都府温暖化防止センターの支部を4~5個ほど作って、地域ごとに支援をしても面白いかもしれません。

◎これだけのことをしていくために、自主財源はあればよいが、中間支援組織が担う仕事は、儲けられる事業ではない。もうけられないけど、とっても大事な仕事をエネルギー・エージェンシーは担っています。儲けられる事業は、自治体公社や協同組合などが担います。
そのため、ある程度は公的なお金をつぎ込まないと、やっていけません。
オーストリアでは、半分~3分の1ぐらい、州政府からお金を出しています。でも、運営は独立しています。

◎ほとんどは専門職採用で、プロフェッショナルな取組を展開されています。

 

 

●● おわりに…オーストリアから学ぶもの「未来への投資」

オーストリアでは、20年ぐらい前から、社会的基盤(人づくり、組織づくり)にお金をつぎ込み、基礎づくり強化に力をいれてきました。残念ながら日本とはそこに大きな差がうまれてきています。

若い世代を巻き込んできました。それは、ボランティアではなく「仕事」として、気候エネルギーの取組に関われる活躍の場を作ってきました。
人材育成は、地道な社会教育も必要で、実践的なPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)をしてきました。
コーディネーター役を育てて作ってきました。
自治体の伴走者役を作ってきました。
オーストリアでは、以上のことをこれまで20年間、地道に行われてきました。

日本でも、これまでのことを振り返りつつ、だいぶ遅れてしまった部分はあるものの、日本でもこれから「基盤づくり」を急いでやらないといけません。
その中で大きな役割を果たすのが、オーストリアでいうエネルギー・エージェンシー。日本でいう中間支援組織だと思います。

エネルギー・エージェンシーが担ってきたものは、
「助言」「ノウハウ」
助言などをするためには、知見を集める「調査研究」も必要。
担い手を育てる「人材育成」
協働型の取り組みを進めるため、主体をつなげる「コーディネート」「ネットワーク形成」

しかし、これらは「お金にならない」「効果もすぐには見えない」。けれども、すぐには見えない未来に対して、オーストリアでは投資をしてきました。
日本は、こういったことが少し苦手なのかもしれませんが、20年先、30年先に必要なものを見据えて、今こそ「未来への投資」が求められているのではないでしょうか。

 

【詳しく知りたい方はこちらを参考にしてください】