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特集「グリーン・リカバリー~よりよい未来に向かう復興~」

特集「グリーン・リカバリー~よりよい未来に向かう復興~」

2020年10月20日に、高村ゆかり氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授)にご講演いただいた内容の一部をご紹介します。


「今そこにある危機」

2018年には7月に西日本豪雨があり、その直後には気象庁が「命に関わる暑さ」と警告するほどの熱波が、そして9月には台風21号で甚大な被害が出ました。2019年10月には台風15号と19号が関東地域に深刻な被害を及ぼしました。ここ2~3年をとっても、気候が変になっているのではと思われるような異常災害が続いています。

特にここ数年の気候科学の発展により、人間活動によるCO2排出が、これらの災害にどれだけ影響を及ぼしているのかが定量的に分かるようになってきました。

例えば気象庁気象研究所等の研究によると、2018年の西日本豪雨では、大雨の発生確率は、地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合と比較して、約3.3倍になっていたことが示されています。その後の7月の猛暑は、人為的なCO2の排出なしには起きなかっただろうと言われています。

経済損失を見ても、2018年の台風21号と西日本豪雨だけで2兆5000億円、2019年の台風15号と19号合わせて2兆7000億円に上っています。気候変動はまさに「今」私たちの眼前の命や経済に影響を与えるような問題になってきているのです。

未来を描き、今の在り方を変えていく

パリ協定では工業化前と比べて世界の平均気温の上昇を2℃以下に抑え、できれば1.5℃に抑制するよう努力すると定めています。しかし2℃か1.5℃かでは、気温上昇による影響が大きく異なってきます。

IPCC1.5℃特別報告書(2018)では、例えば、深刻な熱波を被る世界人口の数が、1.5℃で14%、2℃で37%と2倍以上違います。さらには食料の問題として、とうもろこしの収穫量減少は1.5℃で3%、2℃で7%と影響に大きく違いが出てくることを報告書は示しています。私達の生活、健康にとっては、非常に重要な違いであると見て取れます。

気温上昇を1.5℃に抑えるためには2050年頃に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要が示されています。そのためには今の社会の在り方(エネルギー、建築物、交通を含むインフラ、産業など)が抜本的に変革されなければなりません。また、いつ世界のCO2排出量が減り始めるかという対策の速度も大切で、同報告書では2030年までに減少し始めた方が、将来の被害と対策コストを低減させると指摘しています。
まとめの最後のところに、国の役割はもちろん重要なのですが、州や自治体、市民や民間企業、地域社会が、気候変動対策、温暖化対策をとる能力を強化することで、こうした低い水準で気温上昇を抑えるような大胆な野心的な対策を取ることができると示しています。そういう意味では、皆さんの役割というのが気温上昇を効果的に抑えていく上で非常に重要だということが、科学の知見、これまでの様々な取組の分析から出てきています。

主要国も目標を掲げ気候変動政策を進めているものの、現行の政策水準とその目標には「甚大なギャップ」があり、このままでは達成できません。それでも、「現在の社会の延長線上には私たちが目指したい社会はない」ことを示し、どんな社会を目指すかという目標を掲げ、いまの私たちの在り方を変えていく。そこに大きな意味があるのだと思います。

気候変動対策を後押しする、大きな変化

世界の2050年排出実質ゼロに向けて、足元でも大きな変化が起きており、取組を後押ししています。エネルギーの大転換・技術革新・ビジネスや金融分野での変化です。

エネルギーの大転換は、特に電気の分野で太陽光や風力等の再生可能エネルギー導入による非化石シフトが起こっていて、世界の電気はすでに1/4以上が再エネ電気です。また、エネルギー源について、2014年の世界ではほとんどの国で化石燃料の発電所が一番安かったのが、2020年前半には世界人口のうち少なくとも2/3を占める国々で再エネが最も安くなっています。ただし電気は世界のエネルギー消費の1/5程度ですから、熱や輸送燃料対策という課題が残っています。

電力分野ではデジタル化・分散化・脱炭素化という変化がその技術革新を後押ししています。今までは産業別に技術展開してきました。しかし、例えば住宅の太陽光発電の余剰電力をEVに蓄電する、逆にEVの電気を住宅で使うなど、≪自動車≫≪建物≫≪エネルギー≫が統合して展開されてきて、産業が変わってきている状況にあります。

ビジネス分野では、SBT(科学に基づいた目標設定)やRE100を掲げる企業が増えています。こうした企業の取り組みは、取引先を含むサプライチェーン全体に波及し、他の事業所の環境対策をも促します。金融分野でのESG(環境・社会・ガバナンス)投資は欧州から始まりましたが、日本でも2016年から2018年に5倍の規模になるなど広まってきています。また、気候変動関連財務リスク情報開示(気候変動や脱炭素社会に伴う社会変化による企業への影響を、きちんと説明できるか)が、株式を購入してもらえるか・融資を受けられるかなどに影響するため、財務上必要になっています。

企業にとって気候変動問題はもはや単なる環境問題ではなく、金融市場やサプライチェーンにおける企業価値を左右する死活問題となっているのです。

日本企業の意識も大きく変わってきています。例えば、上場企業を対象としたアンケートでは、電力会社に期待することについて「料金の引き下げ」よりも「CO2排出係数の低い電力供給」を求める企業のほうが多いという結果が出ています。

感染症から見えてくること

コロナの影響で活動が制限されてCO2排出や大気汚染が減り、我々の社会が環境に対してどれだけの負荷をあたえてきたかが分かりました。同時に、都市部の人口集中のリスク、地方での医療体制や人材不足など、私たちの社会の脆弱性が浮き彫りになりました。もしここに気候変動による気象災害が加わったたら、感染対策の難しさも懸念されます。

これまでの社会の在り方を続けていくことの不安や脆さが感じられ、先ほども出てきたように「私たちは現在の社会の延長線上で考えてはいけないのでは?」と感じられることも、コロナの影響かと考えます。

グリーン・リカバリー ~よりよき未来に向けた復興~

感染症によってダメージをうけた経済と社会を、環境に配慮した脱炭素で災害にも強いレジリエントな社会・経済に、そして生態系と生物多様性を保全する方向に復興しようというのがグリーン・リカバリーです。コロナ前の社会に戻るのではなく、コロナで私たちが発見した社会の脆弱性や気候変動リスクを解決して、より良い世界を構築しようという考えです。

日本でも復興のための「デジタル化」はよく出てきていますが、「環境・脱炭素」については具体的な政策があまり出てきていません。欧州では、デジタル化・脱炭素に加えて「レジリエントで社会格差のない欧州を将来世代のために作ろう」という動きが出ています。例えば既存の建築物をリノベーションしてエネルギーコストを低減すること、交通や輸送のクリーンエネルギー化、生物多様性の保護や持続可能な農業など。これらは温暖化対策であり復興対策でもあり、さらに雇用創出効果の高いものが選ばれています。日本も学べるところがあるのではと思います。

気候変動対策で進む地域づくり

パリ協定後の温暖化対策は、2030年までの約10年間が決定的に重要になります。今、再エネの拡大とエネルギーの大転換が起こり、脱炭素社会への可能性を開く技術革新のさなかにあります。

地域が気候変動問題に取り組むことは、地域主導の地域づくりと課題解決の契機をうみだします。今まで化石燃料代を支払っていた地域にとって、再エネへ転換することは、地域資源を利用して地域にお金を残すことになります。他にも分散型電源によるレジリエンスの強化やエネルギーの自足自給に繋がります。

同時にCO2を排出せずビジネスができるようにエネルギー供給をすることは、産業立地としての価値をも生み出します。例えばすでに北海道石狩市では再エネ100%ゾーンを作り、データセンターを誘致しています。

更に、千葉県匝瑳市や京都府宮津市など、耕作放棄地の再生や獣害対策と気候変動対策をつなげ、地域課題解決と脱炭素の取り組みを両立させている事例もあります。

未来の社会をどのように築いていくか

私たちの今の社会のままでは、目指したい社会に到達できない。ではどうするのか?

まずは、「私たちは、どういう未来・社会・地域や自治体にしたいのか」を、みんなで考えることが大切だと思っています。それを具体的に実現しようとしたときに、色々な社会課題が見えてきます。それをどう解決していくのか。

今、気候変動などの社会課題の解決に向けて取り組む企業が増えてきて、地域づくりにおいて、事業者も含めた新しい連携の可能性が出てきています。

国と自治体には、その動きが活かせるような制度や政策を作っていただきたいと思いますし、お話をお聞きのみなさんにも働きかけをしていただけたらなと思います。